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バカラ・ショック



あの日から20年。 早いなぁ、、、時間の流れ。 

どんなに月日が流れても

あの日、あの時の衝撃と恐怖は

忘れる事はないでしょう

阪神・淡路大震災


20年前の1月17日。 午前5時46分

背中を押されたような衝撃で目を覚まして

飛び起きて真っ先に向かったのは子供たちの部屋


ではわなくて


リビングのサイドボード


清水の舞台から飛び降りて買った

小さな バカラの一輪挿しが入ってる


その扉を押さえようとした瞬間

観音開きの扉がさっと開いて

中からバカラが飛び出した


こんな感じの小さいやつ











砕け散ったバカラの上に次から次へと

器たちが降りそそぐ

ガシャンガシャンと割れる音を聞きながら

冷蔵庫やテレビがずずずっと移動するのを眺めながら


悔しくて悔しくて

恐くて怖くて


何かに掴まりながらひとり パニクッてました


「何やら訳の分からんことを叫んでた」 と

今でも子供に言われます(笑)



揺れがおさまり

バカラ・ショックから立ち直り(早っ)

子供の安全と被害状況の確認作業

割れ物や倒れた家具で怪我をしないように

先ず子供たちに靴を履かせようと

靴を取りに玄関に行きたいのに

通れる状況じゃなかった

玄関に向かう廊下の壁は

扉が両開きの物入れになっていて

散乱した中身が廊下をふさいでた


すぐ目の前の玄関が遠く感じられた瞬間でした



辺りが白々と明るくなったころ

電気が戻ったのでテレビをつけて、神戸の惨状を知る


正直、あの時は 「何がどうなってるのか?」

訳が分からないまま、次の行動へと

体が自然に動いてたような気がします












7時頃

震災の前日に東京に帰った運のいい奴

当時、東京に単身赴任中の相方に電話しました


大きな地震が有った事を伝え

「今後 電話が通じ難くなるかもよ。」

「とにかく我ら3人は無事だから心配しないでね。」


寝起きの相方は

「あはは♪ またまたぁ、オーバーなんだよ。」 ← オイッ


「テレビつけてみて!」

カチャッ ← リモコン押した音







「えええ!!  なんじゃこりゃぁ! えええ? どうしたんだぁ!」


「まっ、 そうゆう訳だから。 よろしくネ。」


この数分後、電話は不通になり回復したのは1週間後でした

20年前、携帯は まだほとんど普及してなかったのですよ


この年、大学受験だったムダデカ息子も

今ではいっぱしの社会人

最近、大阪出張が多くなって

我が家に宿泊する機会が増えている


内心 「めんどくせ~」 と思うけど

あの日亡くなった多くの受験生や学生たちを想うとき

家族が元気で会える事は 宝だと感じてる











バカラ・ショックを忘れない為にも

安物の類似品?が増えてきた今日この頃なのです





阪神大震災の時は大阪府豊中市に住んでました。

古い木造の家が多いため地震の被害は甚大で

大阪で唯一 ”被災地” に認定された豊中市。

神戸の惨状に隠れて ”忘れ去られた被災地” と言われました。










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プロフィール

マダムふぉと

Author:マダムふぉと
大阪は北摂・池田の住人。
カメラの難しいことは解りませんが、
四季折々や日常の風景や情景を
気ままに写して自画自賛♪
フジフイルムX-T1
レンズ
(XF18-135mmF3.5-5.6)
(XF35mmF1.4R)
(XF18-55mmF2.8-4R) 
ソニーHX60V

☆永遠のメタ氏(パピヨン)
1996年3月29日生。
2013年11月29日。
17歳と8ヶ月であっぱれ大往生!
たまに降臨したがります♪

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